子育てブログを書いてます。今回は休校について
再び小樽も休校です。
喜ぶ子供たちと慌てふためく親たち。
心配なのが身体の運動不足や学力不足。
学力不足に関しては、自分の家だけではなく世界的な話なのでみんなでゆっくり進みましょうと思います。が・・・
ここで出てくるのは資金力の差による学力の差
これはあると思ってます。
資金がある家は家庭教師のオンラインなども取り入れることができますが、資金的に厳しい場合は家庭学習で賄うしかありません。
そうなってくると間違いなく学力差が生まれてくるとみています。
そんなことを思いつつも我が家の長男はゆったりとしており、父としては心配ばかり。
運動不足は習い事部活などの中止によるゲーム、ネットの利用が増えて動くことが非常に減っているように感じます。
こういったときは、ゲーム、ネットから引き離そうとしても、ストレスが多い状態なのであまり良い作戦とも思えません。
いっそのこと、ネットの中やゲームを通して運動をするような形を作るのが良いのかなぁ
自粛と言っても限界もあり、管理の限界もある。
常識の範囲内でと言われるが、常識とは多数決の多数の意見であり、何が常識として何が非常識なのかは判別も難しい。
コロナに思うのは、これからの時代我々はウィルスを常に意識した生活をしていくことになるんだろうと感じます。
咳を一つしても、只の風邪から異例の風邪まで咳だけ熱だけでは判定もできません。
そうなると、咳に対しての敏感な反応をせざるを得ない。そんな環境になっていくのだろうと。
ウィルスとは共存のような時代になっていき、対策や予防は日常的になりそうな気もします。
そんな環境を踏まえた育児などの生活を我々大人は考えていくことが大事なんだろうと。
子どもも大人も新しい時代を生き抜くことになりそうです。
育児も新しい見方が必要になってきます。
ただ気を付けたいのが、根本的なことは変わらず、時代に沿った工夫が必要ってこと。
未就学児からの計算式や文字の学習はどんな時代になっても、
急いで
学習する必要性を僕としては感じていません。
こういったことは時代の変化があっても根本的な部分の一つから出たものであり、
変わらない部分になるんだろうと思ってます
子どもを育てるのに知識ではなく愛情があればよく、
愛情はみんなあるのに、子供たちの成長は様々。
誰もが自分たちが間違っているとは思わず、自分たちの生きてきたことを子供たちに教えて、
親たちの価値観から育児をします。
それがダメとは言わないですが、親である大人の価値観から生まれた概念が、現代ではモンスターとか
クレイマーと言われる状態を作っていることを頭の隅入れておかねばなりません。
それは、子供たちの状況を親たちは自分たちは間違っていない状態だからこそ、間違いは外の環境にあるという概念から発生します。
本当は子供たちは家庭で培った価値観を外の世界で発揮します。
その結果として親が受け取らなければ、
子供たちのサインをずっと外にに原因があるという見方から離れることができないのです。
子供たちを受け入れることが大事ですが、
子どもを受け入れることということは、
自分たちのやってきた育児が今の現状を作っている。
今の子供を作っていることを理解して受け入れることを言います。
それを外の環境のせいとか、○○のせいだからと
自分たちを棚に上げているのであれば、それは。。。。
子どもを受け入れているとは言えないのです。
では、我々大人である親が、子供たちに接するうえで必要とするところは何か。
それはこのブログに盛りだくさん記載しておりますのでご覧ください。
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