子どもたちの世界は一つで良い。家庭と外の環境からのギャップが子供の世界を分ける

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子供達のストレス

キャンプが好きになった北国です
こんにちわ(#^^#)
生活を通して子供たちの様子をみることがありますが、
その中で子供が家と園、
学校などとのギャップを感じてることは当たり前のようにあります。

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家に帰れば家族がいますが、
外に出れば家族はいないですし、
友達が周りにいるのが当たり前ですが、
家に帰ればそれもないですからね。

 

家と学校や園など生活のギャップが大きくなると、
子供自身が我慢をして、
努力して生活していることになります。

その疲れがダラダラとした準備だったり、
腰が重くなかなか行動しないことであったりする。

このギャップを如何に無くすか!!

それは子供たちが感じる必要のない我慢や
感じる必要のない努力をしていることからも
ハッキリとわかります。

学校や園に対して
一個人の家に合わせてほしいというのは
身勝手な相談。

なぜなら
親である我々は学校や園を選ぶことができ、
受け入れる側である学校などには拒否権がないからです。

そのため自分の家庭の価値観に合うところを選択し
入学入園することができます。

ただ100%一致するということが難しいために
このギャップを埋める作業というのが
必ず必要になってくると感じます。

家では○○がいいけど、保育園では○○はダメ。

こういった認識は子供たちに我慢をさせていることになる。

ただ我慢の中にも必要な我慢=忍耐
そして不必要な我慢があり、
我慢する必要のない我慢などもある。

では、この不必要の我慢をさせないために、
保育園では○○ができないけど、
我が子だけは関係なしにやろうという考えもありますが、
これは単純によくありません。

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それはまだ生まれてから経験の少ない子どもたちは自分のありのままの姿で存分に生きてます。

そのありのままの姿でも周りの大人達は受け入れていくことで、子どもたちの自己肯定感を育んでいくのです。(ちなみにありのままの姿を受け入れるということは、髪を染めたり、化粧したりする必要性はまだまだないってことですね。)

そのありのままで受け入れることが大事な時期に家庭の環境と外部の環境に差をつけてしまうことは、子どもたちに棲み分けをする必要性が生まれてきます。

キリスト教の学校に通いつつも家庭では神様なんか居ないから食事のときは祈る必要はないと教えて、学校では周りに合わせて祈ってから食事をする。これはまさしく二分した世界を子供の中につくっていることであり、小さければ小さいほど世界を2つに分けることによるストレスや心理的な負担が心配になります。

子どもには自分の世界を思いっきりに駆け回り、ありのままの自分たちをしっかりと受け入れていける環境にしたいですね。

礼儀として

もし自分のやりたいような保育を望むのであれば
自分で保育するのが当然であり、
自分でできないからこそ預ける場合は
預かる側にあわせるのが最低限の礼儀になってきます。

金払ってるから

これは理由にならず、
その学校や園の方針に対して賛同し
その価値観で子供を預かることを前提とした契約なので
金払ってるからは理由としてはできないのです。

選択権がある親は学校や園を選ぶことができます。

当然条件もありますが、
それでも選択権があるのです。

 

そのため自分に合ったところをしっかりと見極めて
預けるときはそれなりの覚悟を持って預けるのが
今後のトラブルの防止にもなるとおもいます。

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