ドラッカーと習い事
少年野球
ピータードラッカー
子供の習い事の問題などに直面して、たまたまのきっかけで「もしドラ」を読んだ。
これが面白く、読んだきっかけに少年野球について考えた。
あくまでも個人的な見解
ドラッカーが非営利組織(NPO)の目標とするところを定めており、これがとても自分の中でストンと落ちた気がした。
目標
非営利団体の目標は活動を通した変革された人生。
つまり活動することで、その人の人間性の形成的な意味合いなども有る。
非営利となると病院などがそうであり、資金的な儲けを目標とするわけではなく治癒というところが目標になり、その対象者が治癒することで人生を新たに謳歌することが最終目標となる。
教会などもそうである。教会に通うことで自分を見つめ新しい価値観を掴んだり、さらに洗練した人生を歩むような感じ。
これを少年野球に求めると随分と理想の高いもののように思われるが、勝ち負けや技術向上は目標ではなく、目標に向かう上での条件的なものとして捉えてもらいたい。
勝ち負けなどに必要以上にこだわるわけではなく、
技術の向上や勝敗を体験したうえで、
団員たちに感じてもらいたいのは、
自分たちに係っている人たちからの応援や
仲間との係りを体感してもらい
それを感じたうえでの今後人生の糧としてもらいたい。
ここが重要と感じる。
その中で様々な指導方法がある。
勝ちだけに拘ったり、仲良しグループだけでレギュラーを編成したり、様々なパターンがあるだろう。
でも本質は生活と人生の変革である。
これを踏まえると少し方向も見えやすい気もしないでもない。
では、
少年野球の練習の中で、ここまでのことを出来るのか!?というと難しいだろう
指導者は子供たちとのごく限られたわずかな時間でしか接することができない。
その僅かな時間をより効率的に活用してもらうには、
子供たちとより多くの時間接している親たちからの団員(子ども)の情報だろうと考えた。
親からのフィードバック
子供が家でどういった形で過したり、
野球の何に悩みを抱えているのか、
だれとよく遊び誰と遊びたがらないとか
そういったことを親から指導者に情報提供することで多少なりとも子供たちとの係り方も変わるのではないかと思う。
注意点
子供が野球の悩みを抱え(ある一点の技術など)指導に対しての注意は意味がない。
指導方法はあくまでも指導者に任せるから指導者がいるわけである。
親としての役割は指導者に家での状況や子どもから伝わりづらいものを伝えるということに意味がある。
それは指導者が見ることのできない姿を親、保護者だからこその視点で提供できる情報だからだ。
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