親のそれぞれの価値観

日常
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価値観は十人十色

子供たちが保育園や学校に通っていると
否応なしに親同士の関りが生まれてきます。

そこで見えてくるのが互いの価値観の違い。

これは、どうしようもなく、誰が正しく誰が間違っているというものでもない。

価値観は本当に人それぞれ。

 

もちろん、人道に反することになると間違っていないとかは別な問題になってきますが、
子供を通して関わることで親として本当の気づきをさせられることが多いです。

これは子供の動作しぐさ言動からというよりも、
子供の社会を通した大人の関りによる、
社会人としての仕事をしていた関りとは別の観点になってきます。

そんな中である話がありました。

親の謝罪がない。

文字だけ見ると非常に強烈ですが、実は双方の観点から見るとそれぞれが当然の考えによる行動であることがハッキリとわかります。

子供の喧嘩

例えば子供同士が喧嘩をし勝ち負けなんてないのですが、やられた側の親が相手の親に対しての謝罪を求めている。
もしくは一方的な暴力によってやられたこの親が謝罪を求めている。

こういった話はよく聞く話です。

それを必ず学校を通して連絡がされてきます。何故かわかりませんが学校や園を通して行われます。直接ではなく〇〇を通して。

この時に学校や園から事の話を聞き、

互いの親で互いの認識により判断がされます。

この判断により行動が行われるのですが、

片方が事実を知り怒り、片方は事実を知り何もしない。
こういったことが起こるわけです。

怒る方の気持ちや考えはわかりやすいです。

やられた側なので。

やった側の親が何故何も行動を起こさないのか⁉

ここに焦点を合わせていきます。

実はこれ、それほど不可思議な内容ではなく、理解できないようなことでもない。

敢えて謝罪しないわけではない。

では、なぜ???

それは謝罪を求められるような罪を犯したとは思っていない

本当にこんな感じです。

 

謝罪が必要なことであれば当然として謝罪してきますが,
それほどの内容と思っていないから何もしないんです。
例えば親がいない時に子供が近くの大人の足を踏んでしまったとき、

その行為を翌日、他の親から教えてもらった場合にわざわざ謝罪をする必要性を感じるのだろうか⁉って感じです。
謝罪しますって人はいます。そんな小さなことでも。

でも実際にそこまでの罪と感じていないからこそ、翌日になっても謝罪をするという行為に至らない。

また、子供同士の場合でも同じであり、そこまでする罪と思わなければ親が出張って謝罪という行為には至らないということなんです。

 

常識がない!
そんなことは言わないでくださいね。

何故なら価値観は人それぞれの十人十色。

何に対してどう思うかは、人それぞれ、だから思ったことに対して否定することはできないです。

できることは行った行為に対しての意見のみ。

つまり謝罪を求めるのであれば、謝罪しないことを責めるのではなく、
謝罪を求めていることを伝えることが第一になります。
自分たちの価値観を知らせ、相手の価値観を知ることが第一歩なのですが、親同士の関りとなると大概は自分たちの価値観が正義として、相手を批判しがちになります。

子供同士も親同士であってもお互い他人同士の関りである以上、お互いを知る必要がありお互いを知らないのに相手が間違いであるとか、こっちが正しいという観点での話を進めるにはまだ早いところのようです。

実際に話をしていけば理解できるところもあり、理解をしてから問題を提示することで話は進みやすくなることは職場でもたくさんあります。

我々が親、保護者として子供を通して関わるときは、あくまでも裏方であり黒子です。

そんな脇役が主役である子供たちを差し置き、自分たちの価値観だけで進めるわけにはいかないですよね。

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