夢に向かってまっしぐらと願う北国です
こんにちわ
子供たちと接してたり、子供たちが戯れるところをみると
色々なことを目にしたり耳にしたります。
小さい子への意地悪
これはどこにでもよくある光景であり、未就学だけではなく
小学校中学校高校
はたまた職場などの大人の世界でもあることです。
この小さい子への意地悪を今回取り上げます。
僕の子供たちが通っていた保育園ではできるだけ、子供たちによる物事の解決を推奨しております。
喧嘩が子供同士で起こっても子供同士での話し合いを出来るだけするように促したり、実際に子供同士での解決になったり
そんな子供同士のやり取りの中で、自分の言いたいことを言い出せるというのがポイントになってきます。
自分の言いたいことを言葉が足りなくても、自分の思いを表に出すことに抵抗を持たせないようにしていくことが、子供たちへの接し方として大事な部分としています。
それ故に、自分を表現する子というのが、自我が強い子である、「我(ガ)の強い子」
そんなガの強い子が自分の思いを伝え、
それにより言えない子がハズレを引くような場面があります。
そうすると親たちから見れば、
乱暴者のようなガの強い子だけが良い目を見て、
おとなしい子はいつも悪くなくても悪いことになったり、
この保育園では乱暴者を推奨している。そんな声を聴きます。
実際にそんなことはないのです。
でも、そんなことはないと言っても言葉だけだと言われるかもしれない。
なので、あえてここで少し説明をします
言えない子は言えないことにより、
言えるガの強い子に言いくるめられる。
その言いくるめられることが、その子にとって不満を生じているのか?
不満だらけですよね。
だって、自分の言いたいことを言えず、ガの強い子が自分の考えだけを押し通しているわけです。
そうなると言われている子は不満が募る。
この不満が募ることがポイントです。
この募った不満は爆発します。
爆発です。
ドッカーン
爆発する際の注意があります。
この爆発をどこに向けるか!
不満を募らせた子に、ぶつけるようにしないといけません。
この爆発をすることで、言えなかった子は自分の言いたいことを言えるきっかけを作ります。
火が付いたとはこのことか⁉と言えるくらいです。
そして、爆発のパワーをぶつけられたガの強い子は、そこでその子の力を改めることになります。
そうすることで、お互いの距離ができます。
そうなると今後の二人の話し合いは別物に変化します。
全くの別物です。
そして言えなかった子はそこからさらに世界を広げます。
なぜなら、言えなかったのは過去となり、これからは言えるようになることを自ら体感したんです。
この体感が非常に重要。
何よりも重要
絶対重要‼
我々大人は!特に僕は、何もかも伝えようとします。
分かりやすく簡単に、金八先生のように、時にはブッタのように悟らせようとします。
これがダメ
体感しないと意味がなく、
体感しないものは当然ながら身につかないのです(体感だけに!)
我が家は長男の時にこの体験をしました。
親として物語をリアルで見させてもらいました。
長男には覚えるほど苦手な友達がいた。
その子にいつも泣かされ、親の陰に隠れるようになった。
保育士に相談した
「ここは本人が乗り切る大事なところ。だからグっとこらえてください。」
そんな感じなことを言われた。
でも、実際に怯えている我が子に何もしてあげれない親って
想像以上に辛い
ケンカのやり方でも教えてやろうかと思ってました。
これで何も進展が無いならね。
ところがある日。
今でも鮮明に覚えています。
雪山で遊んでいたところ、いつものように悪戯されていた息子
それを見ていたリーダー的な子がいつものように助けに入ろうとしたときです。
息子が何やら言い出した。
そこで、保育士は今回あえて助けに入ろうとしたこと静止します。
そして、「少しだけ様子見てて」と伝えます。
そうすると、息子と意地悪していた子の取っ組み合いが始まったのです。
これは息子を知る僕としては驚きでした。
そして、言いたいことを言葉足らずとも叫び、
喧嘩は二人の話し合いとなり、とりあえず終了。
この話し合いが出来て完結したことが重要なのですが、
驚いたのはその後
息子はこの苦手なお友達を克服し、一緒に遊ぶようになったんです。
これは、何よりも驚いた。
本当に驚いた。
ビビった
今では中学生、二人は普通に遊んでます。
あの時、親である僕が中に入って何かをしていたら、今のこの光景は無いんだろうと感じます。
長々となりましたが、言い出せない子を損な役回りにして、言い出せる子は乱暴者でも推奨しているという保育園ではないってことです。
あくまでも二人の子供たちを今後の未来に向けて歩ませるための保育であると知ってほしいと心から感じます。
子供のことは何年育児しても色々と頭を悩ますことが多く、自分の家の子供よりも隣の子どもの方がよく見えていたりもします。
子育て自体が一つの家庭でするよりも、みんなで一人の子を育てていく共存の世の中であってほしいと感じてます。
ゲストハウス
今僕はゲストハウスにて勤務しており、そこでは様々な人が遊びに来てくれます。
そこで色々な話をしてお互いすっきりして翌日また頑張ることが出来たり、新しい発見をしたりしています。
もし、子育てや仕事、どんなことでも一人で考えるよりもみんなで考えると悩みが話題へと発展し、楽しみに変化していく過程をみんなで共有していきたいと考えています。
小樽市銭函2丁目2-3
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